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1月18日に淑徳大学精神看護実習の講義をオンラインで行いました。精神科臨床への招待というタイトル…

1月18日に淑徳大学精神看護実習の講義をオンラインで行いました。
精神科臨床への招待というタイトルでした。
講義終了後は下記のような貴重なコメントを頂きました。

 

自分は今まで情報を取ることを中心として話をしていたことがあったが、情報収集するにはまず相手に受け入れてもらえるように準備する事が大切であると分かり、今までの関わり方をもう一度見返してみたいと思いました。
また、看護展開を行なっていく際にも、教科書や資料をもとに正常・異常と考えるだけでなく、その人の状態や性格、発言からもその人はどのような人なのかを理解した上で、ケアプランを考えていく事が大切であると学ぶことができました。

 

やはり精神科治療では患者との対話が重要であり、発言した言葉そのものを捉えるのではなく、言葉になっていない・発声されない言葉というのを、表情や仕草といった面から読み取っていくことが大切であると感じた。

 

同じ疾患を患っていても、年齢や住んでいる環境、今後どのようにして治療に専念していきたいかなどは、個別性があり一律ではないため、患者との関わり合いが難しいと感じても、試行錯誤しながらその人にあった関わり方を探ることが大切であることを学んだ。

 

不安がないことによって思い切った行動がとれて良い面も考えられるが、不安があることによって対処方法を考えられ安全に行動することができる面がとても大きいのではないかと改めて感じることができた。

 

精神疾患をもっている・いないに関わらず全ての人が受け入れることができる社会になるのは難しいが、精神疾患のことを知ってもらうために、地域の人々のような小さな単位から働きかけ、差別がなくなっていくとよいと思った。

 

精神障害への偏見やそれを生じさせている健常と言われる人々の生き方、健常状態の維持のために無意識に起こしている言動について、今日ほど深く考える経験をこれまでにしたことがなく、難しいと感じた部分が多かったです。看護する側にいる者も、各々の固定観念や偏見をどこかで持ってしまっているのだろうかと思うと、その状態に気づかずに患者さんと関わってしまうのは恐ろしいことだなと感じました。医学的な部分で解明されていないことがまだ多くあるということは「正解がない」ことに直結していると思いますし、「正解がない」対象者とのかかわりの中で、本人を主体としてその人にしかないその人だからこそ持っている力をどう大きくしていけるかを、生活背景などを踏まえて考え続け、目の前のことと一つ一つ向き合っていくことが大切ではないかと思いました。

 

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